こーしえん見てただけの夏


今年の夏は、というか、春からだけど、高校野球を本当によく見た。

前の職場の飲み会で、女子大生が「野球を1mmもやったことがない男は恋愛対象に入らない」と言っていて、ほう。と思ったんだけれど、よくよく考えると自分もそうだ。
なんでもいいからスポーツやってないと、人を男として見るのは無理だな…と思ってたけど、今までをよく振り返ると、スポーツというか野球じゃなきゃダメだ。サッカーでもダメだし…。野球をやってこなかった男は、男じゃない!
野球のノリって独特だと思うんだよね。
私はけっこう宝塚歌劇団も野球部と同じような理由で好きというか。やたら厳しい上下関係と、それがもたらす謎の一体感みたいな。
こないだ後輩と奥多摩に行ったとき、グリーン車でこの話をしたら
「僕の入ってた野球部では監督が屁をこいたら全員が「よーし!」って言わなきゃいけなくて。こういう話分かってもらえるのって野球部だった奴なんで、たしかにそういう話分かってもらえると嬉しいっすねー」と言っていた。あーそうそう。そういうこと。

毎年、夏の高校野球はちんたら見ていたけれど、今年は応援している選手がいたからかなり熱を入れて見ていた。ただ、地区大会で敗退してしまって、甲子園で見れなかったことがとても悲しい。
そしてなんと言っても織田くんが……ワクワクしたなあ、彼が投げる時って。
横浜高校が敗退してからはまあそこまでな感じで見ていて、甲子園が終わった後はタッチのアニメを観ていた。

あー、今年は全然暑くなかったね。雨ばっかり。
なんだかわりと、忙しくしていた。ほとんど飲みに行ったりもしなかった。
仕事は楽しい。おそらく、この職種は生涯の仕事になるだろう。
雨が止んだら、ちゃんとやんだら、多分その頃には過ごしやすくなって、そしたら君にも会いたくなるかな。

ブログ①


久しぶりにまとまった時間ができた。

今破壊する自己像が無い。
私はこれまで、自分の在り方を常に疑い、検証し、壊し、再構築してきた。初潮の少し前からそうだったと思う。
今それができない。壊したくない。疑いたくない。正解な気がしている。こんなことは初めてで、気持ちが悪い。
おそらく、自分の性質に合った仕事を見つけ、それに邁進しているからなのだろうけれども。この仕事には常に答えがある。答えがある仕事をしているとそうなってしまうのだろうか。答えがないことをやりたくなくなっている。ああ、これが今壊すべき自己像なのかな。

自分が未成熟なことを認められるのは大変けっこうなことだ。
ただ、それを免罪符にして、誰かを使っていつまでも子供でいようとする、そういう、低きに流れる、傷ついた大人たちのことまではもう愛せない。いやもともと愛してもいなかった。私は、今完全に大人になって、若く危うい命たちを守るべき立場となった。
知性も、感受性も、使い方を誤れば直ちになまくら刀となるだろう。そういうことがもう分からない大人に相見えたとしても、それは勿体のないことだ。私という宝石を差し出すにはあまりにも。

感情の振れ幅には価値を感じないんだ私は。
だから感情の振れ幅に価値を感じている人たちとは相容れない。
もうこれは善し悪しではなく(私は、私の価値観の方が優れているとすぐ思いたがってしまうが)、世界における役割が別なのだろうと思う。
私は、愛に翻弄されない。私の世界の愛は、誰のことも翻弄せず、誰にも振り回されはしない。私に、愛はないんだよ。
ただまだ見ぬ我が子や、今いる家族、幼い頃から一緒の人たちを大切にするというまっとうな、至極まっとうなことをまっとうしたいという尊大な欲望があるのみで、それに突き動かされているだけの器なんだ。

誰かのせいで私はこうなった、という紋切り型を使えるほど、私は狡猾にはなれなかった。
私は、母が示した愛の法則を、完全に壊した。
たしかにそれには時間がかかったが。
今思えば、危うくなぞるところだったように思う。
寵愛され閉じ込め置かれること、それに反骨しつつも甘んじること、それを愛されていることだと盲信すること、そう、ママは、自由が欲しいと嘆きつつ何もしていなかった。誰かが連れ出してくれるのを待っていた。
私はそんなママのことが、気持ち悪かった。馬鹿だなと思った。ああこれが、女なのかと思った。母親じゃない。女なんだ、この人は、と。

これは憶測だが、母は子供を担保に日本人と結婚しようとし、それを実行した。
よくある話だ、日本人女性だって日本人男性にそんなことをよくしている。妊娠したの、責任取って、と、嘘をついたり、実際に孕んだり。私には理解できない。なぜ自分のことを他人に委ねることができるのか。なぜ自分の船の舵を自分で取らないのか。少なくとも、幼い私には、それが女というものに見えた。もしそれが女であるというならば、私は愛を持たない上に、女でもないかもしれない。
ともあれ、それによって生まれた子供である私は、たしかに悲しい子供だった。母に至っては姑と不仲になり国に帰ったので、何度も言うが私は捨てられた気分だった。
それでも私に有利だったことは、とにかく、祖母と伯母に、受け入れられ、可愛がられ、どこまでも肯定され愛されたことだ。彼女らは、私を必要としなかった。必要とせずに愛した。私に役割はなかった。仕事もなかった。
生まれてきたという理由で、当然にちやほやされていた、十数年間ずっと。彼女らは私を選んだわけではない。そこにいたから愛した。これは私の中に残る愛の規則だ。
私と同じような状況で、大人になってからも愛されなかった子供としての振る舞いに振ってしまう人もたくさんいると思う、なぜだろうと思っていた。
母によって、彼女の人生を正当化して救う役割が与えられた私は、それを実行しようとしたが、愛されたもう1人の私がそれを無効化したのだ。これはあまり再現性のないことだ。
私はママをママと呼ぶが、実際には。
誰を母親と思い、何をもって養育とするかは、私が決める。現実逃避ではない。私は実の母親に軽視され、一緒にいてもらえなかった子供だ。それはたしかな現実である。
しかし、だからと言って私は被害者だろうか?私はそうは思わない。被害者というにはあまりにも幸せに生きてきすぎた。被害者というにはあまりに、かわいそうじゃなさすぎる。被害者というにはあまりにも、周りに恵まれすぎている。
誰かが私をかわいそうと言うことに反発したころもあったが、今はそれすらない。かわいそうな部分もある。だけれどその傷があったおかげで、その傷に何度でも絆創膏を貼るよと誓ってくれる人と出会った。なんという怪我の功名だろう。全てを手に入れてしまった。嫌になる程ドラマチックだ。
私はね、ママがめちゃくちゃに描いた地図からは、降りたんですよ。降りて、自分のイカダを作って乗って、出会った仲間と新しい国を作ってる。
隣国の女王のところには新しい王太子が生まれるというのだから、盛大に祝わないといけないなあ






役目を終えた関係について

人生の夕暮れまでも共に歩くんだろうと、本気で思っていた。
どんなに離れて暮らしても、何年も会わなくても、私たちの魂は必ずまた出会うものだと。
そういう物語を信じていた。

光を見たね。
新しいものを、新しい話を、新しい思想を持ち寄って、楽しかったね。綺麗だったね。興奮したよね。若かったね。
ああそんな人がいるの、えーそんな服を着ていいの!ねえ、こんな考え方があるらしいよ、それを聞いて私はこんな風に思ったの、怒ったの、耽ったの、恥ずかしくなったの。
お前すごいな、年下でこんな奴がいるなんて思ってもみなかったよ。なあ、やめた方がいいよそんな男、そんな女。お前もう少し、彼氏に優しくしなよ。お互いに、めんどくさいねえ。恋じゃないものばっかりに焦がれて。
たしかに光を見たなあ。楽しかった。
でももう光らないのだろう。いいんだよ、それで。光は役目を終えた。そんなもの腐るほどあるよな。誰にだってどこにだって。

だけれども私は光は永遠だって、ついこないだまで本気で信じていたんだ、だから、少しだけ驚いた。恐ろしく冷めている自分に。
何度水をぶっかけても生き返りゃしない、そりゃそうだ死んだんだから。
だから現実は嫌いだ、と思っても、今まさに現実が私を生かしていて、そう今って、とんでもないリアリティの中で、規則正しく寝て起きている。楽しくて、ようやく目を開けて世界を見ることができたような、やっと空を飛べるようになった鳥みたいな気分で、この本当の世界を私は愛し、愛されている。
これはもう、裏切りかもしれないね。若かった頃の自分への。
若いってべつに感受性が高かったわけじゃない、知っていることが少ないだけだった。そんなこと分かってる、分かっていても、15歳の私は、私を睨んでいる。
分かってねえなあ!とか言ってしまいそう。
結局残ったのは日々の確かな積み上げだけだよ。分かってたでしょ。

夏のこと①

窓を開けて、あの時は何の車だったか、父はよく車を乗り換えていたから忘れた。
でも、助手席に座って、2人で那須の川のほうに行った。週末。

鬱蒼とした場所。涼しい森のいいところ。
父は魚釣りをするでもなく、ふーんとか言って石や虫を掴んで見ていた、私は自分は木の妖精になったという設定で危ないところにひらひら登ったりしていた。
お前はそのまま本の中に入るのかもな、と言われて、いやそれは嫌、車の中に読み途中の本があるもん。と言って、車に2人で帰って、寄り道しないでまっすぐ帰った。暗くなる前に帰った。

うちらが出かけていて車がなかったから、自転車でスーパーまで食材を買いに行っていた祖母と伯母が、せっせと夕餉の用意をし、父は野菜室にあるビールを開けて、足りないなあと徒歩5分のセブンまで飲酒運転でビールを買いに行っていた。
私は、畳の座敷に寝っ転がり、ゲームボーイアドバンスでハム太郎のゲームをしていた。
祖父はそろそろ酔ってきて、テレビに悪態をついている。
父がいる隣に私は陣取って、パパの腕で輪っかを作ってそこを通り抜けたりして遊んだ。
窓は網戸にしてあって、虫の声がりんりん。
後ろのアパートに住んでいる美幸ちゃんの家をチラッと見た。あかりがついてるーふふ、と思って嬉しくなった。

もう忘れてしまったことがたくさんあるなあと思った。
私は変わったなと思う。
もう、何にも過剰に反応したり、熱く何かに怒りを燃やすことも、行動に起こすことも、ない。
今までのことを思い出して書きたいなと思った。人生の夕暮れには早すぎるが、もう一回走り出すために、いろんなことを思い出す必要があるようだ。



また、春

ここ数年春に調子が悪くなるというのは無かったんだけれども、今年はダメだった。
大変調子が悪い。
と、いうか、欲望がなくて、張り合いがない。
2月、いくつかの夢が叶ってしまったり、自分にとってこれ以上ないような贅沢を味わってしまったりして、

日記でも書くか。
先月の上旬に、民事の裁判についてきてくれた友達2名と私の大好きなパスタ屋でランチをして、国会図書館に行って、クラブに行って、気づけば泥酔し夫に意味不明な連絡をして、訳の分からないままに朝帰りをした。
もう酒を見たくもないと思い、1週間飲まなかったがそのあとは自然とビールに手が伸びていた。
霞ヶ関は私が普段(主に観劇で)うろついているエリアとまあまあ近いのにあまり喫茶店や飲食店が見当たらなかった。普段は1人、もしくは趣味の仲間とぷらぷらしているエリアをリア友(?)たちと歩くのは新鮮だった。日比谷公園には遠足の子供達がお弁当を食べていた。
国会図書館には初めて行ったんだけれど、友達は創作をしている人だから自分の本を検索して見つけたりしてて、へ〜とか思った。一緒に国会図書館の利用登録をしたのが地味に思い出って感じ。
駅に向かう途中、ラサール石井さんを見かけてテンション上がった。こち亀が大好きなので。握手してもらえばよかった。私は有名人に話しかけることがどうにも苦手です。

精神的に大変安定している、ということが、精神的に非常によくない作用をもたらしている気がする。と、いうことは、これは安定ではなく退屈なのかも。今書いていて思いましたが。
春っていつもそうだったな、若い頃。日曜日の昼間も同じような理由で嫌いだったんですよ小学生とか中学生の頃。なんか盛り上がってない感じというか。
どちらにせよ夏になれば強制的にハイになるから、今のうちこの平和を味わっておくべきか。嵐の前の静けさかもしれないし。




うみがめ、


中学生のころたしか新宿LOFTというところでやってた門田匡陽のソロライブ?みたいなものに行った気がするんだけど、なぜかよく思い出せない。
うーん行ってないのかな。
いや、行ったな。たぶん…でもバンドじゃないから覚えてないのかもしれない。

私はGood Dog Happy Menが本当に大好きだった、というより、私を構成する内臓と同じような役割でもって今も私の一部としてナカにいる、だって出会った時私はまだ自分を作っている途中の子供だったんだから。
宇宙のはじめから約束されていたみたいに、彼らが放つそのきらめきを、作られるその音楽の柔らかさを、書かれた詞に宿る力強い想いを、そうするのが当たり前みたいに自分の心にまぶしたことだけを覚えていて、それはもうほとんど宗教だった。

放送委員だった私は、給食の時間に『♡のJUNKY』をかけて、こっぴどく叱られた。が、エフェクターを自作していたメタル好きの担任がかばってくれて、その後も好き勝手やっていいことになった。
今日のライブで門田匡陽が「おとぎ話の中から出てきた」というようなことを言っていたらしい(友達が言ってた。観ていたのに覚えていない。)んだけれど、私は当時ゴールデンベルシティが実在すると思っていたし、おとぎ話とも思っていなかった。なるほど世界のどこかにこういう街があるのだろうと本気で思っていた、なんなら今も思っている。
そしてこの街にも嬉しくて悲しいことはあるよねえ。

帰りに友達と少し離れた駅まで歩いて帰って、今日は冬にしては気温が高くて、ビールを飲んだら少し汗ばんでしまった。
世界から蹴り出された私と、世界を祝福する私は同時にいて、とても頼りになる奴だ。
胸張って家に帰れた夜だった。

やばい

インフィニティソングがまた来日するらしい。やばい。こんなに早くまたライブ観れると思ってなかった。
ビルボードでやるんだけど、昼夜どっちも行きたい。高い。いや中島みゆきのコンサートよりは安いか…宝塚のSS席と思えば……。
大阪の方も行きたいけど、2日連続だし疲れてしまうな。
だいたいのライブは反射的にチケットを取って、前日とか当日になってめんどくさくなって後悔して、まあまあ下がったテンションのまま観て…みたいなことになるんだけど、今回は確実にならないね。
ていうかワールドツアーやってるアーティストとかってすごくないですか?才能云々以前に体力がないとどうにもならないんだろうな。宝塚のトップスターも、毎日3時間ほぼ歌いっぱなし大きい声出しっぱなしを1ヶ月やるわけだし…。結局体力がすべてなんだよな。
とにかく、今年のベストアクトはダントツでインフィニティソングだった。曲を一つも知らず、初見のライブであそこまで集中状態に陥ったのは生まれて初めてかもしれない。
ビルボードの一番前で、angelをずっと観ていられる時間を予定している、というだけで、私は、他のことが本当にもうどうでもよくなりそう。私は本気なんです。今から英語を勉強してファンレターを書こうと思っています。次のワールドツアーを追いかけるためにめちゃくちゃ金を稼ごうかな。
いや本当に、今思い出してもサマソニのライブは強烈な体験だった。私が音楽を好きな理由が全て詰まっているバンドなんだ。どうにも上手く言葉にできないが…
そういえばインフィニティソングに出会ったサマソニは、もともとはミセスグリーンアップルが観たくて行ったのだった。そう、今年は大森元貴の年であった。こんなに1人の男の人のことを考えたことあった?キモくてすみませんが、マジでどうやっても頭から離れませんでしたが……
私はおそらく、どこにでもいる感じのルックスと少し高くて輪郭の明確な声のフェチなのだろう。自分から好きになる男ってみんなそんな感じだからな。いや、別に大森元貴を男として魅力的に思うとかそういうことではないのですが…なんかずっと墓穴掘ってるな今日のブログ。
刺したら破裂しそうな歌声がすごい好きなんですよね。
昨日OGRE YOU ASSHOLEのライブも見に行ったんだけど、ボーカルの人声高いもんな。私がバンドとか好きになる基準ってもはやボーカルの声質の高低なのでは……
それにしてもOGREのライブは体に戻る感じがして助かる。非常に身体的で熱情的である。私、基本的にライブハウスって窓がないし立ってるのがしんどいし集中して疲れるから本当に行きたくないんだけれども、自分の体を意識せざるを得なくなるくらいいいライブって終わったあと疲れないよなあ。あっという間だったな。なんかOGREのライブって時空歪んでない?
今年もあと10日くらいか。長いな。予定が怒涛のように入っていてしんどい。もう予定というものが本当に嫌いすぎる。これはもう一生直らないんだろうな。