昼寝をしていたら、父の夢を見た。
生まれて初めて、起きたら泣いてて、こんな漫画みたいな感じになるんだ、と思った。
立ち上がって台所の仕事をした。
父のことを書けないまま、一年経って、命日が来てしまった。
想定していたより父の死はヘビーだ。なかなか向き合えない。
以前このブログに上げた七五三の写真で母がつけている時計は、空き巣に入られて盗難された。
警察に通報したが、その人が逮捕されたとしても、どちらにせよ盗まれたものと同じものは返ってこない。
家に来て指紋を取る警察に、見知らぬ本が置いてあることを言うと、指紋を取り、その本の感想を聞いてきた。私のものではないので何とも…と答えると、「僕が読もうかな」と冗談なのかなんなのかよくわからないことを言って、同じ場所に戻した。元の角度に戻そうとしていたのが警察らしくなくて、少し面白かった。
形見を無くして気を落として「いつか自分で同じものを買えばいいや」と強がった私に、夫は、「いつかおれが同じものを買うんだと、思ってますけどね」と少し照れながら言ってくれた。
その優しい言葉をもらえて、私は時計が盗まれてよかったと思った。むしろ盗まれるためにその時計は存在したのだと、彼のその言葉こそが母が遺してくれた形見なのだと、はっきりと分かった。イッツマイライフ。
そもそも私はその時計の上手な着け方がまだ分からない。古着っぽいめちゃくちゃな格好をして着けるくらいしかできなかった。だってウサギオンラインの服じゃさすがにサムいですよね?2025年にプルミエール、相当難しくないですか?母のマトラッセは(なぜかこれは盗難されずに)残っていたが、この間見た『後妻業の女』にどちらも出てきて、なんとも言えない気持ちになった。し、今の私には要らんなと思って、売った。
私がCHANELのプルミエールのような高価なものが欲しいってわけじゃないことくらい、夫には分かっている。
それでも、私よりもいくつも年下なのに、「いつか形見と同じものを」と言ってくれた、彼の温かい心を、私はどうやって守っていこう。
その後CHANELのサイトで同じ時計の値段を見てみたところ、母が購入したであろう(というか父に買ってもらったんだろうけど)バブルの時のおそらく2倍くらいに跳ね上がっていて、2人で爆笑した。
父が母に買った時計を、どこかの空き巣が着用しているのかも知れないと思うとかなり面白い。それとも売却したんだろうか。父も母も、草葉の陰で爆笑しているだろう。
いや、母は整形手術をしていたしブランド物が大好きだったから、もしかしたら盗んだその人に同情をするかもしれない。父はそれを見てまた激昂するだろう。仲良くしてくれよ本当に。
ああそう、私は、パパとママが大好きだったんだ。どうして子供は両親が仲良くしていると嬉しいんだろうね。
あの世で2人が再会して仲良くしていたらいいなと思ってしまう。たぶん、無理なんだろうけど。
父と母は仲が悪かったけれど、父は母のことが大好きだったようだ。
父の後妻の姉は私の母にそっくりで、後妻は父が亡くなった後に2人でお酒を飲んだ時にチクリとその嫉妬を話してくれた。
父が亡くなった数日後に後妻と2人で彼女の部屋で泥酔したのは楽しかった。2人とも葬式後で疲れているのに飲まなきゃやってられなくて、「あんなに優しい人はいないよ」と父のことを何度も言ってくれた。後妻は優しい。
まだ若い夫が、病室で亡くなったばかりの生ぬるい父の手を握ってくれたことを、私は一生忘れたくない。いつか忘れてしまうのかな。忘れてしまっても、忘れないだろうな。
もしも万が一私たちが離れることになっても、彼が私の両親へのリスペクトと愛情を持ってくれていた事実は、私の生きる糧となるだろう。
手前味噌になるが、そういうことができる優しい男は希少だと思う。
10代で祖母と伯母と実母を亡くして、30代に入ってすぐ祖父と父を亡くして天涯孤独になり、おまけに実家も物理的に無くなった私には、さすがにこの世で何か役目があるんじゃないかと思っているし、それに巻き込まれてたゆたう夫もまた、何か役目があるんじゃないかと思う。彼ならそれを果たせるような気がしている。
ねえ、家族のことはやっぱりまだよく分からないな。
でもさあ、どうでもいいよ、優しければ。人間は優しいことが何よりも大切だと思う。
私はやっぱり、優しくない男はつまらないなと思うよ。優しくない男には色気がない。
パパは優しかった。穏やかな人ではなかったけれど、みんな口を揃えて、あんなに優しい人はいないと言ってくれた。喧嘩して別居してストーカーされていた後妻でさえも。
パパは優しかった。寂しがりやで、1人が好きで、とても情けない男だった。
男なんて情けなくていい。優しくさえあれば。
父は自分より大切な誰かを探していて、誰かを大切にしたかったのだろう。たぶん人の愛し方が分からなかった。自分自身のことを愛することさえ父には難しかったように、今では思える。
それでも死にゆく父は立派だった。生きるということと、死ぬということの偉大さを教えてくれた。人1人が生きて死ぬというのは、本当に大変なことなんだ。
死は恐ろしくない。私は父が亡くなるまでそれが分からなかった。
私の親友が、私の当時の職場で亡くなったトカゲを一緒に埋めてくれた時に「おやすみ」と言っていて、それがすごくかっこよかった。その時のことを、その偉大な死を目の当たりにした時に、少し思い出した。
命は軽いよ。みんな当たり前に急に死ぬ。
だから怖がっている暇なんてなくて。
冬がガチャガチャ鍵開けて突っ込んできた感じがするね。パパの夢を見たよ、と言いに行こうか。




