久しぶりにまとまった時間ができた。
今破壊する自己像が無い。
私はこれまで、自分の在り方を常に疑い、検証し、壊し、再構築してきた。初潮の少し前からそうだったと思う。
今それができない。壊したくない。疑いたくない。正解な気がしている。こんなことは初めてで、気持ちが悪い。
おそらく、自分の性質に合った仕事を見つけ、それに邁進しているからなのだろうけれども。この仕事には常に答えがある。答えがある仕事をしているとそうなってしまうのだろうか。答えがないことをやりたくなくなっている。ああ、これが今壊すべき自己像なのかな。
自分が未成熟なことを認められるのは大変けっこうなことだ。
ただ、それを免罪符にして、誰かを使っていつまでも子供でいようとする、そういう、低きに流れる、傷ついた大人たちのことまではもう愛せない。いやもともと愛してもいなかった。私は、今完全に大人になって、若く危うい命たちを守るべき立場となった。
知性も、感受性も、使い方を誤れば直ちになまくら刀となるだろう。そういうことがもう分からない大人に相見えたとしても、それは勿体のないことだ。私という宝石を差し出すにはあまりにも。
感情の振れ幅には価値を感じないんだ私は。
だから感情の振れ幅に価値を感じている人たちとは相容れない。
もうこれは善し悪しではなく(私は、私の価値観の方が優れているとすぐ思いたがってしまうが)、世界における役割が別なのだろうと思う。
私は、愛に翻弄されない。私の世界の愛は、誰のことも翻弄せず、誰にも振り回されはしない。私に、愛はないんだよ。
ただまだ見ぬ我が子や、今いる家族、幼い頃から一緒の人たちを大切にするというまっとうな、至極まっとうなことをまっとうしたいという尊大な欲望があるのみで、それに突き動かされているだけの器なんだ。
誰かのせいで私はこうなった、という紋切り型を使えるほど、私は狡猾にはなれなかった。
私は、母が示した愛の法則を、完全に壊した。
たしかにそれには時間がかかったが。
今思えば、危うくなぞるところだったように思う。
寵愛され閉じ込め置かれること、それに反骨しつつも甘んじること、それを愛されていることだと盲信すること、そう、ママは、自由が欲しいと嘆きつつ何もしていなかった。誰かが連れ出してくれるのを待っていた。
私はそんなママのことが、気持ち悪かった。馬鹿だなと思った。ああこれが、女なのかと思った。母親じゃない。女なんだ、この人は、と。
これは憶測だが、母は子供を担保に日本人と結婚しようとし、それを実行した。
よくある話だ、日本人女性だって日本人男性にそんなことをよくしている。妊娠したの、責任取って、と、嘘をついたり、実際に孕んだり。私には理解できない。なぜ自分のことを他人に委ねることができるのか。なぜ自分の船の舵を自分で取らないのか。少なくとも、幼い私には、それが女というものに見えた。もしそれが女であるというならば、私は愛を持たない上に、女でもないかもしれない。
ともあれ、それによって生まれた子供である私は、たしかに悲しい子供だった。母に至っては姑と不仲になり国に帰ったので、何度も言うが私は捨てられた気分だった。
それでも私に有利だったことは、とにかく、祖母と伯母に、受け入れられ、可愛がられ、どこまでも肯定され愛されたことだ。彼女らは、私を必要としなかった。必要とせずに愛した。私に役割はなかった。仕事もなかった。
生まれてきたという理由で、当然にちやほやされていた、十数年間ずっと。彼女らは私を選んだわけではない。そこにいたから愛した。これは私の中に残る愛の規則だ。
私と同じような状況で、大人になってからも愛されなかった子供としての振る舞いに振ってしまう人もたくさんいると思う、なぜだろうと思っていた。
母によって、彼女の人生を正当化して救う役割が与えられた私は、それを実行しようとしたが、愛されたもう1人の私がそれを無効化したのだ。これはあまり再現性のないことだ。
私はママをママと呼ぶが、実際には。
誰を母親と思い、何をもって養育とするかは、私が決める。現実逃避ではない。私は実の母親に軽視され、一緒にいてもらえなかった子供だ。それはたしかな現実である。
しかし、だからと言って私は被害者だろうか?私はそうは思わない。被害者というにはあまりにも幸せに生きてきすぎた。被害者というにはあまりに、かわいそうじゃなさすぎる。被害者というにはあまりにも、周りに恵まれすぎている。
誰かが私をかわいそうと言うことに反発したころもあったが、今はそれすらない。かわいそうな部分もある。だけれどその傷があったおかげで、その傷に何度でも絆創膏を貼るよと誓ってくれる人と出会った。なんという怪我の功名だろう。全てを手に入れてしまった。嫌になる程ドラマチックだ。
私はね、ママがめちゃくちゃに描いた地図からは、降りたんですよ。降りて、自分のイカダを作って乗って、出会った仲間と新しい国を作ってる。
隣国の女王のところには新しい王太子が生まれるというのだから、盛大に祝わないといけないなあ