39.4


交通整理のおじさんがしきりにズボンを気にして、ずっと水道で洗っていた。どうしたんだろう。
春を着て水辺の生き物みたいに振る舞っていたせいかな、全然届かない。

「おれタワマンに住むために東京に出てきてん」

空中で言葉は薄れていくから、消える前に捕まえて飲み込んだそういう言葉が、いくつか私の中にある。誰のものかわからなくなることはあまり無い。
パッと見では分からないような形で置いておくこともあるし、そうすると元の形がわからなくなる。でもいいんだ。はっきりしないことは、あればあるほどいいし。どんな言葉も、どんな気持ちも、電車の発車音みたいに短いメロディになっちゃったら、それが一番いいんだよ。

世の中にこんなに人間がたくさんいるのか、と気付いたのはなんと最近のことだった。自分の物語を生きていたから、それ以外のものはそれ以外でしかなくて。
退化したのか進化したのか分からないけれど、体だけで生きているような感じになって、それからはこの世の全てが特別で、この世の全てが特別じゃなくなった。それが私が目指す世界だったから、退化でも進化でもどちらでも構わない。
私は、均したい。昔から。極端なバランスよりも均していたい。

子供が2人生まれる夢を見た。2人とも生まれた次の日には喋り出して、3日後には私の子供ではないことが判明した。私が産んだのになんだよ、と不貞腐れてでもちょっとほっとして、私はブラジルに住むことにした。